抱いて



こんなはずではなかった…

2日前までは…

『お気をつけて』

そう言って見送ってくれた彼女の姿が遠い昔のように思い出される。

一秒でも早く、彼女のもとへ…

揺れる列車の座席でロイは組んだ手にぎゅっと力をこめ、目を閉じた。




ロイに視察の任務が来たのは1週間前だった。

「視察か……」

日程や情況が書かれたレポートを見ながら、つぶやくその声はどこか沈んでいる。

「どうなさったのですか?」

そう声をかけたのは、彼の副官。

「いや…何となく、行きたくなくてな…」

「しかし、仕事ですから」

「そうなのだが…」

ロイの返事はどこか煮え切らない。

何となく、嫌な予感がする……

「もう、しっかりしてください。上にたつものがそんな様子では、下のものに示しがつきません。それに、貴方は…」

「あぁ、分かっているさ…」

胸に残るもやもやした不安を取り除くかのように、ロイは大きく深呼吸をした。

「留守は任せたぞ」

「何を今更」





視察自体は何事も無く終わった。

多少、不穏な動きはあったものの、中央から上官のおいでとあっては下手な行動も起こせない。

今回の視察は所謂牽制なのだ。



「ありがとうございました」

敬礼する部下たちに見送られ、司令部を出ようとしたそのときだった。

「緊急連絡です!!!」

一人の兵士が、一枚の電報を手にかけてきた。

もしや…

あの不安が胸をよぎる。

差し出された電報を開いた。

ロイの予感は的中した。



「至急、駅まで頼む」

用意されていた車に飛び乗ると、ロイは運転手にそう告げた。

ロイのただならぬ様子に、運転手は慌てて車を出す。

ここからなら、どんなに急いでも、つくのは夕方だ。

「くそっ!」

手にした電報をクシャっと握りつぶした。


無事でいてくれ……リザ……







時刻通り、列車はセントラルの駅に到着した。

外はもうすっかり暗くなっている。


「あ〜こっちッス」

駅を出たロイに、待ち構えていたハボックが声をかける。

「向こうから連絡は?」

「いえ、まだ…」

「そうか…」


それ以上何も言わず、ロイは車に乗り込んだ。

ハボックも一言も口を利かなかった。






10分後、車は病院の玄関前に滑り込んだ。

止まると同時に、ロイは飛び出す。

診療の受け付け時間が過ぎているからか、ロビーには人影が無い。

「5階ッス。行けば分かります」

ハボックの声を背中で聞きながら、ロイは階段を駆け上った。





階段を上り、5階のフロアに出た。

ハァハァと、息が切れる。

廊下を見ると、奥の方に見覚えのある姿が見える。


「あっ、ロイさん……」

確か、鋼のの幼馴染…

「君が付き添ってくれたのか…」

「はい…リザさんは中です」

ウィンリーが指差すドアを静かに開けた。

真っ先にロイの目に飛び込んでいたのは、白いベッドの上にいるリザの姿だった。





「リザ…大丈夫か?」

「はい…」

そう答えるリザの声には、いつもの鋭さが無い。

顔には疲れきった表情。

「辛かったか?」

「えぇ…聞いていた以上でした…士官学校時代の激しい訓練も、これには勝てません…」

「そうか……頑張ったな…」

ロイの顔に優しい笑顔が浮ぶ。

「ありがとうございます」

今まで我慢していたのか、リザの目から涙が一筋流れた。



「ロイ…抱いて…」



そう言って、リザは自分の腕を差し出す。


「だっ…大丈夫なのか…だって…こんな、すぐに…」

「大丈夫ですよ。このままそっと抱きかかえれば」



リザに促され、ロイは恐る恐る腕を伸ばす。

抱きかかえてみると、思っていたより、ずっと小さく頼りない。

「こんなに小さくて、大丈夫なのか?」

「大丈夫、さっきまで大きな声で泣いてました。きっと元気な子に育ちますよ」


生まれたばかりの我が子。

こんなに小さいのに、この子は生きている…


「名前、考えてくださいね」

「あぁ、君に任せると、大変なことになりそうだからな……」


ロイの長かった一日がようやく終わろうとしていた。