花一輪



今年もこの日がやってきた。


「やぁ、諸君、おはよう」

晴れ晴れとした顔の上司とは対照的にどんより曇り顔の部下たちが声のする方へと目を向ける。
「おはようございます、大佐」
そして、そこには毎年お決まりの光景が広がっている。

ドアの蔭から中をうかがうもの。
部屋の中でなにやらこそこそ話をするもの。
「きゃー」と顔を赤らめて逃げ出すもの。
それらはみな、軍部の数少ない女性たちなのだ。

いつもなら、部屋に女性が入ってくるとすぐに反応するハボックも、今日ばかりは渋い顔である。

なぜなら、彼女たちのお目当てはみな、ここの主。 そう、今日はマスタング大佐の生誕記念日なのである。


「毎年のことながら、どうして大佐の誕生日だけこう盛り上がってんだよ…」
「あれだけ一年中、女性に愛想振り撒いているんですもの。あの情熱の10分の1でも、仕事にかたむけていただけないかしら」


いつも上司に彼女を奪われている部下と、いつも上司に仕事をサボられている部下。
二人は溜息をついて時計を見上げた。
そろそろ始業の時間だ。


「失礼します」
いつものように、上司の執務室へ入ったリザの眼に飛び込んできたのは、机の上に山と詰まれた色とりどりのプレゼントの山だった。

「今年もまた、たくさんいただいたものですね…」
そういいながら、ちらりと一番手前にあったつ包みに目をやると、そこにはセントラルで大流行しているブランドのロゴが描かれてあった。
これひとつだけでもかなりの値段である。
どれだけ多くの女性がこの男に貢いでいるのか…そう考えるとめまいがする。

「やぁ、中尉。別に私から催促したわけではないのだがね…」
そういう男の顔はまんざらでもない様子。

「お誕生日だからといって、仕事が無くなるわけではありませんよ、大佐。」
「しかしね、まだ一番大切なプレゼントをもらってなくてね…。それが気になって仕事が手につかないのだよ」
嬉しそうに笑いながら、上司の視線はリザが手にしている紙袋へ注がれている。
「こんなにあるのに、まだ必要なのですか?でしたら、先ほど食堂のハリスおばさんから預かったものがこちらに」
そう言って、リザは持っていた包みを山の上に積み上げた。
「なんだ、違ったのか…君が持っていたからてっきり…で、君からのプレゼントは何処かな?」

「そんなもの、用意しておりません。そもそも、何故私が貴方にプレゼントを差し上げねばならないのですか?」
「えっ、だって今日は私の誕生日…」
「もう誕生日もめでたい年ではないでしょうに…」

最後の一言が思いのほか攻撃力があったのか、ロイははっきりと分かるほど落ち込んでしまった。

「落ち込んでる暇がありましたら、仕事してください」
そう言って、リザはさっさとプレゼントの山を大きな紙袋へつめていく。
ものの2,3分でプレゼントの山はなくなり、代わりに机の上にはいつものように書類の山が築かれた。

仕事の準備は出来たものの、肝心の労働者はまだ落ち込んだままである。
このままでは、今日のノルマは達成されそうに無い。

「仕方在りませんね…たいしたものではありませんが…」
そういうと、リザは小さな花瓶を持ってきた。
そこには一本の花が生けられている。

真っ直ぐ伸びる緑の茎の先端についたたくさんの小さな白い花。

「どうしたんだね、これは?」
「来る途中の花屋さんで、あまりに可愛らしかったので、ひとつ買ってきたのです。これで我慢してください。
では後ほどまた参ります。」

中尉が出て行ってしまい、ロイは仕方なく書類に取りかかった。


暫くして執務室の扉がノックされた。
「失礼します。大佐、来週の警備のことでお話が…」
入ってきたのはファルマンだった。

「おや、珍しいですね」
机の上に置かれた花瓶に目を向ける。
「あぁ、これか。そうだ、ファルマンなら知っているだろう。なんて名前の花なんだ?」
「これはアスフォデリンですよ。ユリ科の多年草ですね。花言葉は確か『私はあなたのもの』です。」

ロイの眼が大きく見開かれた。


いつもの時間、リザは上司の執務室のドアを叩く。
「失礼します」
まだ落ち込んで仕事をサボっているのではないか。
そう、懸念しながら見ると、残っている書類はほとんど無い。

「どうかなさったのですか?こんなに仕事が進んでいるなんて…」
予想外の事態にさすがのリザも驚きを見せた。
「あぁ、今夜予定が入ったのでね。残業しているわけにはいかないのだよ」
「…またデートですか…」
「あぁ、情熱的なラブコールをいただいてしまったからね。お答えしないわけにはいかないだろ?」
この上司がやる気を見せるときなんて、所詮こんな時くらいなものだ。
大きく溜息をついてリザは出来上がった書類を受け取ってチェックした。

「はい、これで全部です。お疲れ様でした」
「よし、では行くとしよう。君も早く上着を取ってきたまえ」
「えっ???」
見ると、ロイは既に帰り支度をしている。
「最高のプレゼントをもらったんだ。断るわけにはいかないだろ」
「なんのことですか?」
「『私はあなたのもの』、そう言ってくれたよね?」
「!!!???いえ、あれはそんな意味では…というか、大佐、それご存知だったんですか!?///」

「ということは、君も知ってて私に贈ってくれたのだろう?
せっかく早く仕事が終わったんだ。ゆっくりプレゼントを楽しもうではないか。」

耳まで赤くなっているリザを見てロイは微笑んだ。

今日は今までで、一番素敵な誕生日となるだろう…。