君の好きなとこ
現在のこの関係を一言で言い表すなら、間違いなく『上司』と『部下』であろう。
悲しいかな、それ以上でもそれ以下でもない。
ただし、どちらが『上司』でどちらが『部下』だか傍目にみてわかる人が何人いるだろうか。
「3時間前に申し上げたこと、覚えておいでですよね、大佐?」
部屋の温度が3℃ほど下がった気がする、よく言えば冷静な声。
うっすらと微笑みの浮んだ口元。
それに反して、睨まれれば大の男ですら立ちすくんでしまう鋭い眼。
そして、私は今、絶体絶命・四面楚歌・崖っぷち。
様々な言い表し方があるが、つまりは命の危機に瀕している。
目の前に突きつけられているのは彼女の愛用している小型の銃。
後は壁。
少し離れたところから此方を呆れ顔で眺める部下の男共…あいつら、覚えてろよ…
今夜の火力はちょっとすご…
「余所見しないでください!」
顔と銃口との距離がぐっと縮まる。
「3時間前に言いましたよね?今日は仕事が溜まっているので絶対にサボらないでくださいと」
そう、確かに彼女はそう言った。
そして、私はそれを忘れたわけではない。
「それなのに、どうして貴方はつい10分前までこの部屋におらず、書類も3時間前から1枚も片付いていないのですか?」
窓から差し込む夕日に、よく手入れされた銃身がキラリと光る。
どうやら決断の時が来たようだ。
「夜のデートの予約を全てキャンセルして、この書類が全て終わるまで残業なさるか、それともこのまま現世に別れを告げるか…大佐はどちらをお好みですか?」
にこりと絶対零度の微笑を浮かべる君を見てると、君の手で死ねるのならそれでもいいかなと思ってしまうよ。
なんて冗談が通じる状況ではない。
「今すぐ机について、全ての書類にサインさせてください…」
窓の外はもう真っ暗。
机の上には終わりの見えない書類の山。
片っ端から斜めに眼を通してサインしていく。
手がつりそうだ。
「あの…5分だけでいいから、休憩とか………させてもらえないんだろうね……」
斜め前のデスクに座って、サインの終わった書類をチェックしている中尉に声をかける。
一拍置いて此方を見た、というより睨んだという方が正しいかもしれない。
鷹の目の異名を持つその瞳に睨まれて、言葉尻がどんどん小声になる。
無言の返事に休憩を諦め、書類へと戻る。
再び仕事を始めたのを確認し、彼女も手元の書類をめくり始める。
サインを続けながら、チラチラと中尉に眼を向ける。
手元の書類を見ているため、節目がちになっている瞳。
その瞳に金色の前髪が少しかかっている。
さらりとした前髪と比べて、後ろ髪はきっちり束ねられてバレッタで上げられている。
一筋の乱れもない、そんなところに彼女の几帳面さが表れている。
デスクワークに集中していても、そこは軍人。
何が起こっても対応できるよう、常に神経を張り巡らせているのがよくわかる。
彼女には隙というものが全くない。
それが、近づき難いという印象を与えてしまうのかもしれない。
しかし、その緊張感が私は気に入っている。
そんなことを考えていたら、どうやら手の方がお留守になっていたらしい。
銃声と共に、頬のすぐ横を弾丸が通り過ぎて行った。
血は出ていないが、少しヒリヒリする。
こんなときでも彼女の射撃の腕前に感心してしまう自分がいる。
「サインするのがお嫌なら、今すぐ現世に別れを告げてもいいのですよ?」
「はい…すみませんでした…」
そう…彼女には隙がないのだ………
時計の短針がそろそろ頂上を指そうかという頃。
「お……終わった………」
最後の書類にサインを書いてそのまま机の上に突っ伏してしまった。
「…なんですか、このミミズが這ったようなサインは……」
「なんでもいいだろ…書くことに意義があるんだ」
「それは少々違うと思いますが…何はともあれお疲れ様です」
中尉が処理済の書類をチェックしている間、私はずっと机に突っ伏したままだった。
一度力を抜いてしまうと、再び起き上がるのが一苦労だ。
「こうなるのがわかっているなら、サボらなければいいじゃないですか…」
「……………………」
返事をする元気もない…
「ほら、しっかりしてください!こんなところで寝たら風邪引きますよ!」
後から肩を引っ張られ、しかたなく机から身体を起こす。
「はい、立って。上着きて。帰りますよ!」
小さな子供のように、上着を着せてもらい、手を引かれて司令部を出る。
ショーウィンドやイルミネーションなど街を彩る光がほとんど消えて、いつもより暗く感じる。
そのせいか、夜空に輝く星が綺麗に見える。
ふらふらと歩いている私の足元が余りに頼りなかったからか、中尉はずっと手をつないでくれている。
「何故、今日はサボったりなさったんですか?」
「だって、デスクワークばかりじゃつまらないじゃないか」
「こうなることがわかっていたのに?」
「…………………」
こうなることがわかっていたからわざとサボったと言ったら、君はどうするだろうか。
きっと弾丸の1発や2発、軽く飛んでくるんだろうな。
黙っていると、はぁ〜っと大きなため息をつかれてしまった。
「まったく、仕方ない人ですね…」
そういって呆れ顔で微笑む。
そんなときに、私はリザ・ホークアイ本人を見た気がする。
「ほら、さっさと歩きますよ。明日も仕事なんですから」
私の手を引っ張るように半歩前を行く。
相変わらず言葉にはとげがあるけれど、どこかぬくもりのある声。
しっかりと繋がっている暖かい手。
さらさらと揺れるおろされた金色のロングヘアー。
周りに人がいると、微塵も見せてくれないそれらは、人っ子一人いないこんな時間でなければ見ることはできない。
私しか見ることのできない君の姿。
それが、私が一番好きな君の好きなところ。