訓練3
『雨だからって、そんなに気にすることは無いさ』
貴方の考えは甘すぎるんです……
訓練当日。
空は快晴。
そんな天気とは180度異なり、司令部内はぴりぴりした空気に包まれていた。
「なぁ、いつ中尉たちは攻めてくると思う?」
「わかんねぇよ…そんなこと…」
張り詰めた緊張感の中、そこここで囁きあう声が聞こえる。
「大丈夫っすかね…」
「なに、相手は3人。いつも通りやるだけさ」
そうはいうものの、やはり少し不安なのか、ロイの手には朝からずっと発火布がはめられている。
さて、いつ仕掛けてくるか…
キ〜ンコ〜ン〜
午前の勤務終了を知らせるチャイムが司令部内に鳴り響いた。
「どういうことだ、ハボック!!!まだ中尉たちは来ないのか?」
「そんなこと言われても…大体、本番さながらにするために、襲撃の時間なんかを決めなかったのはあんたでしょうが…」
「むむっ…」
「どうです、昼ご飯でも食べに行っては。東の方の諺に『腹が減っては戦はできぬ』というのがありますし」
「そうだな…よし、今日は私が奢ろう!外に食べに行くか」
「大佐たち、イライラしてるな…」
「えぇ、ブレダ少尉の作戦どおりですね。でも、大佐たち、外にご飯を食べに行ってしまいましたが…」
「大丈夫。それも考慮してあるわ」
古い倉庫から聞こえる3人の声。
「作戦は2時間後よ」
「「イエスマム!」」
時計は午後2時を指している。
午前中からのロイのイライラは頂点に達した。
「どうした!!!奴等はまだか!!!!!」
その時だ。
ジリリリリリリリリリリ!!!!!
けたたましいベルの音が司令部に響きわたった。
「やっと来たか……」
ゆっくりとロイは立ち上がった。
「大佐、不法侵入者です!数は2名。現在二手に分かれて司令部内を進攻中!」
「2人…?まぁよい。事前に決めた作戦通りだ!ファルマン准尉は東から、ハボック少尉は西からそれぞれ敵を中央に誘い込むのだ」
「「イエッサー!」」
『東にファルマン准尉、西にハボック少尉です。作戦通りです』
『分かったわ、時間は?』
『もうそろそろっす』
「准尉、前方に侵入者発見!」
「よし、確保しろ!」
「くそっ、もう来やがったぜ…」
ほっ…こっちはブレダ少尉か…ホークアイ中尉じゃなくてよかった…
「少尉、前方に侵入者発見!」
「よし、確保し…うわっ!」
ドン!ドン!!
続けざまに響く銃声。
周りにいた兵士に次々とペイント弾が炸裂する。
くそっ…こっちはホークアイ中尉かよっ…最悪だ…
二手に分かれた兵士たちは中央棟に向かって進んでいく。
もう少しだ…
「っ痛!」
「痛たたたたっ!!」
「な…何だ?」
「どうした?」
「准尉、突然皆が…」
「強烈な腹痛です、少尉!しかも大勢…」
「これって…」
「まさか…」
「何!?大勢の兵士が腹痛で倒れただと!!??」
「どうやら集団食中毒のようだと…」
「食中毒!?」
「はい、まだはっきりしませんが、原因は今日の軍食堂のランチかと…」
「何故、軍食堂で……もしやあいつ等…」
『薬が効き始めたようです』
『時間通りね…』
『一時的な腹痛を起こすだけです』
「仕方がない…動けるものはそのまま敵を追い詰めろ!中央棟に残っているもので動けるのは何人だ?」
「今のところ10人程度だと…」
くそっ…これでは人数が足りない…
始めの計算では中央棟の大会議室に追い込んで大勢で一気に鎮圧する予定だったが…仕方がない…
「中央棟へ残っているものはハボック少尉と合流しろ!ホークアイ中尉の方を先にしとめる」
『中尉、そちらに中央棟から兵士が向かっています』
『分かったわ…少尉、あなたはそのまま中央を目指して』
『了解!』
「よし、このまま追い詰めればもうじき中央棟だ…」
これでオレの役目は終わりっと…
ハボックがそう思った瞬間だった。
それまで真っ直ぐに中央棟へと進んでいたリザがいきなり窓から飛び出した!
「何!?」
一瞬反応が遅れた。
立ち止まったハボックに後ろから走っていた兵士たちが追突してくる。
「ぐはっ!」
あっという間にハボックは彼らの下敷きになってしまった。
「くそっ!どけ〜!!!って…前っ、前を見ろ〜!!!!!!」
「えっ!?…うわぁ!!!!!」
何とか這い出たハボックが見たものは、中央棟から駆けつけてきた兵士の集団…。
兵士は急には止まれない。
「や〜め〜て〜!!!」
ハボックの必死の叫びも空しく、彼の上に更なる兵士たちの山が築かれたのだった…
ハボック少尉…相打ちで戦闘不能…
「大佐、ハボック少尉率いる部隊と中央棟から向かった兵士たちが全滅しました!!!」
「何だと!?」
「中尉は現在逃走中ではっきりした行方はつかめておりません」
「くっ…探せ!司令部の隅から隅まで調べ尽くせ!!!」
やばい…このままでは…しかし何故こちらの作戦が裏目にばかりでるのだ…まさか!?
ロイはかがみこんで自分のデスクの引出しの裏を調べる。
そこには小さな黒い機械が張り付いていた。
「やはり、盗聴器か…フュリーめ!!!」
ジジッジジジジジジ・・・・・
『中尉!盗聴器が発見されました!!!』
『大丈夫よ、もうかなりの兵力は削ったわ。ブレダ少尉、そちらはどう?』
『もう少しで中央棟に着きます』
『ではそのまま大佐の執務室へ向かって。フュリー曹長も出動。最終段階よ!』
中尉は何処から来る?ブレダは?フュリーは?
ロイは発火布を構えた。
ドアの外に人の気配。
来る…
バタン!
「よぉ!ロイロイ☆元気か?」
「……ヒューズ……?」
「何だ何だ?司令部内が騒がしいな…何かあったのか?」
「丁度良かった、ちょっと手伝っていけ」
「?????」
敵は中尉とブレダ…私一人では厳しいが、ヒューズがいれば何とかなるだろう…
「なるほど…この騒ぎはそういうわけか…」
「もうじき、中尉とブレダがここにやってくるだろう。一気に片をつける!」
「大佐…すごいやる気ですね…」
「えぇ、ここまでやられるとはどうせ思ってなかったのよ」
執務室に通じる通風孔の中に潜んでいるのはリザとフュリー。
追っ手を撒いた後、リザは事前の作戦通り、フュリーと合流した。
『中尉、もうすぐ執務室です!』
「わかったわ。ブレダ少尉はそのまま突入して!」
連絡に使っているのは、フュリーの開発した小型携帯用無線機。
「例のものは用意してある?」
「もちろんです!」
「……来るわよっ!」
バタンッ!!!
飛び込んできたのはブレダ。
それに続いて息を切らせてファルマンが駆け込んできた。
ロイはすばやく発火布を構える。
前にはロイ、後ろにはファルマン、そして横からはヒューズ…
「ブレダだけか?中尉はどうした?」
ロイが一歩ブレダに近づく。
「今よ!!!」
リザの声が室内に響くと、フュリーが通気口から飛び降りる。
続いてリザも飛び降りた。
着地と同時に、フュリーは持っていた筒の紐を思い切り引っ張った。
ボワッ☆
筒からもうもうと煙が噴出す。
「眼くらましのつもりかっ!」
煙にむせながら、必死に目を凝らす。
ちらりと煙の間から見える人影。
「そこかっ!」
ロイが指を打ち鳴らそうとした、まさにそのときだった。
ビ―――――――――!!!!!
ブザーとともに天上から豪雨のように降り注ぐ水。
降り注ぐ水しぶきによって、煙が徐々におさまってゆく。
「これは…スプリンクラー?」
「その通りです、大佐」
目の前には銃を突きつけたリザの姿。
その向こうにブレダとフュリーに押さえつけられたファルマンの姿が見える。
「貴方の負けです、大佐。このなかでは、もう発火布は使えません」
「まだ勝負はついていないよ、中尉」
すかさずリザは発砲した。
しかし、すれすれのところでロイは身をかわし、隠し持っていた銃を取り出した。
リザほどの腕はないが、これでも一応軍人だ…それにまだヒューズが…
ガシッ!
「うわっ!」
ロイはいきなり後ろから腕をつかまれ押さえ込まれた。
「なっ、ヒューズ!?」
ロイよりもかなり背の高いヒューズに上から押さえ込まれては、さすがのロイも簡単には動けない。
「悪いな、ロイ。お前より先に、今日はリザちゃんと約束していたんだv」
「何〜!!!???」
バンッ☆
発砲音と同時に、ロイの額にべったりとインクが散った。
「言いましたよね、大佐。『貴方の負けです』と…」
「大体、軍の食堂で使用する食材に薬を盛るとはどういうことだ!」
「本番では実行される恐れは十分に在ります。今日より、食堂の管理体制も見直したほうがよろしいかと…」
「むっ…しかし、ヒューズを使うというのは反則じゃないのかね!!」
「いや〜、手伝ってくれたら、ヒュリー曹長が開発したこの小型携帯用無線機を調査部に提供してくれるというからさ」
「味方と思っていたものが、実は敵のスパイということも考えられます。それより大佐…」
「なんだね?」
不機嫌なロイはそっぽを向いたまま返事をする。
「お約束、もしやお忘れではないですよね?」
「ぐっ…」
翌日、司令部ではいつもは見られない光景が広がっていた。
食堂には、スペシャルランチを美味しそうに食べているブレダの横で、財布を心配そうに覗いているハボックの姿が。
作業場には、嬉しそうに新しい無線機を設置するフュリーの横で、工具を持って助手を務めるファルマンの姿が。
そして執務室には、1日中デスクに座って書類と格闘するロイ・マスタングの姿があった。
「終わったよ、中尉…」
「では次はこちらの書類を…」
「まだやるのかね?」
「お約束ですから、大佐」
次々と運ばれてくる書類に目を通しながら、ロイはこの前から引っかかっていた疑問を口に出した。
「どうして君は、今回の提案をすぐに受け入れたのかね?」
もっと抵抗されると思っていたのに…
「それは…この前の雨の日、貴方が無理やり脱走しようとしましたよね?」
いつものように、仕事をサボって抜け出そうとした大佐。
発火布が使えない日は、少しでも安全な場所にいて欲しいのに…
『雨だからって、そんなに気にすることは無いさ』
「少しは自分が狙われる可能性も考慮してください!いつでも発火布が使えるとは限らないのです。今回みたいに…」
「……すまなかった……」
「貴方に何かあったら…私はきっと耐えられない……だから…」
あまり心配かけないで…
終業のチャイムが鳴った。
「やっと1日が終わった…」
「へへへっ、ご馳走様〜」
「どうもありがとうございました。おかげで無線機、組み立て終わりました」
「いやいや、不器用だからあまり手伝いにならなかったが…」
「あ〜やっと終わった…もう1ヶ月分くらい仕事したぞ…」
「お疲れ様です、大佐」
「ところで中尉、まだ『今日』は残っているが…これからのお願いはないのかね?実は、美味しいレストランを予約しているのだが…」
「……では、せっかくなので、そちらもお願いしてもよろしいですか?」
「あぁ、こんなお願いならいつでも大歓迎なのだがね…」
明日の朝には、いつもと変わらぬ1日がまた始まる…