記憶の糸 2
爆発から一週間が経った。
錬金術を使った今までにないテロに、一時騒然となった東方司令部も、今は落ち着きを取り戻している。
今日からは、通常の仕事体勢が整い、いつもの日常がまた始まった。
しかし、執務室にロイの姿は無かった。
「失礼しまス。どうですか、大佐……」
「あぁ、少尉……まだ大佐は……」
ベッドの上に横たわっているロイは、いつものように居眠りしているようにしか見えない。
診察の結果、命に別状はない。
ただ、頭に巻かれた包帯が爆発の凄さを物語っている。
あのテロから一週間。
ロイは未だに目を覚まさない。
「中尉も少し休まれてはどうですか?この一週間、ほとんど寝てないですよね…」
「まだ大丈夫よ…ありがとう」
返事をするリザの視線は、ロイの方を向いたまま外れることはない。
そして、ハボックにそれを止めることはできない。
「……っ!?」
「どうしたんですか、中尉?」
リザの息をのむ気配にハボックは尋ねる。
「今、大佐が動いたような……」
「えっ!?」
ハボックは急いでベッドに駆け寄った。
「何も変化がないようですが……」
「でも、確かに……」
その時、かすかだが、でもはっきりとロイの指先が動いた。
「大佐!!」
「……んっ……」
眉間に皺を寄せて、うっすらとロイが目を開く。
「中尉、オレ、先生を呼んできます!」
勢いよく部屋を飛び出していくハボック。
それとは逆にリザは動けかった。
力が抜けたようにその場にへたり込むと、溢れる涙を抑えることが出来ない。
「よかった…大佐……」
さっきよりはっきり目を開いて、ロイはリザを見た。
信じてはいた。
しかし、確証があったわけではない。
毎日押し寄せてくる不安に押しつぶされそうになりながら、何度も自分を責めた。
何故、あの手紙をもっときちんとチェックしなかったのだろう……
何故、もっと早くロイのもとへ駆け寄らなかったのだろう……
それらが今、全て消えうせた気がした。
ロイが僅かに口を開く。
何か言いたいことがあるのかもしれない。
リザはロイの枕元へと顔を近づけた。
そして、一週間ぶりに聞くロイの言葉は、今まで全く予想だにしていなかったものだった。
「君は…誰……?」
「「記憶喪失!?」」
大佐が目を覚ましたと聞いて病室に集まった部下たちは皆そろって同じ言葉を口にした。
「マジっスか…大佐……オレたちのこと、覚えてないんスか?」
「ええ…私たちのことはおろか、ご自分のことも綺麗さっぱり……」
「そんな…でも、元に戻りますよね?」
「先生は元には戻るとおっしゃっていたわ…でも、それが明日なのか、一年後なのかはわからないって……」
驚きの表情を浮かべた部下たちを、ロイはきょとんとした顔で見上げている。
「で、これからどうするんスか?」
全員の視線がリザへと集まる。
ロイがこうなってしまった今、指揮をとるのはリザしかいない。
「仕方がないけれど、大佐にはこれまで通り『大佐』でいてもらうしかないわ。もし完全に記憶喪失だと知れたら、反対勢力はここぞとばかり、大佐の排斥へと乗り出してしまう……」
若くして大佐という地位についたロイには、その出世に反対するものも多い。
しかし、ロイの目指す夢を実現させるには、彼らと対峙することは、避けては通れぬ道なのだ。
今、ロイに大佐のちいから離れられるのは困る。
多少リスクを考えても、ここは今までと同じように振舞うしかないのだ。
「でも、記憶がないのにどうやって……」
「通常のデスクワークは私がサポートするから問題はないわ。会議等は事前に必要な情報を覚えてもらって臨むしかないわね……危険はあるけれど仕方ないわ。ただ、問題は……」
「錬金術ですね?」
言いよどんだリザの言葉をファルマンが続けた。
「そう、記憶が全くないということは、恐らく自分が国家錬金術師であることも、そして錬金術の使い方も忘れているでしょうね。そしてこれが外部に漏れたら……今度こそ、大佐の命が危ない」
錬金術師でもトップクラスである国家錬金術師。
その中でも「イシュバールの英雄」とまで呼ばれるロイの最大の武器はその二つ名にある「焔」。
そんなロイは、テロリストから命を狙われるのは日常茶飯事だ。
しかし、錬金術があったからこそ、これまで無事にいられた.
その頼みの綱である焔が使えない今、奴らに狙われたらロイに勝ち目はほとんどない。
「よって、今後大佐への警護を今まで以上に強化します。司令部内外を問わず、必ず大佐が向うところには警護についていくこと。いいわね?」
「「イエス、マム!!」」
みなの気迫溢れる声に、びくっと驚くロイを見て、リザのため息が病室に響いた。
「まさか、雨の日だけじゃなく、毎日が無能になるなんて………」