記憶の糸 5








「ほら、急げよ!今日こそあいつをぎゃふんと言わせてやるぜ!」

「ちょっと待ってよ、兄さ〜ん」

イーストシティのメインストリートを駆けて行く2人。

大騒ぎしながら走っていく2人とすれ違うたびに、道行く人々が驚いて振り返る。

その原因の1つは2人の姿にある。

2人のうち1人は明るい金髪をみつあみした小柄な少年。

そして、もう1人は大柄な体、全身に厳つい鎧をまとっている。

しかし、人々が驚くのは2人のアンバランスな容姿だけではない。

片方がもう片方を『兄さん』と呼んでいることから、2人は兄弟なのだろう。

ただ、ここで『兄さん』と呼ばれていたのは大柄な鎧ではなく、小柄な少年の方だった。





「やぁ、久しぶりだな、エドにアル!今日は寄っていってくれないのか?」

顔馴染みなのだろうか、ドリンクスタンドのマスターが2人に声をかける。

「あぁ、おじさん久しぶり!オレンジジュース1杯頂戴。急いできたからもう喉カラカラでさぁ」

少年は小銭をカウンターに置くと、差し出されたオレンジジュースを一気に飲み干したと思ったら、こめかみを押さえてしまった。

「うぅ…冷たすぎて頭が…!」

「もう…そんなに慌てて飲まなくても……そんなんだから大佐にいつもバカにされるんじゃないか……」

2人のやりとりを笑いながら聞いていたマスターだったが、弟の言葉にふと笑いが止まった。

「そういや、マスタング大佐…最近様子がおかしいんだよな……」

「「えっ!?」」

2人の言い争いがぴたりと止む。

「おかしいってどういうふうに?」

「前みたいに、毎日違う女の人と歩いてるなんてことがないし、浮ついた噂も聞かないなぁ…。しかも、最近じゃいつでも真面目に仕事してるって話だ」





「……………???」





信じられないという表情で2人は顔を見合わせた。

「おじさん、それ…マスタング大佐のことじゃないんじゃ……」

「いや、確かにマスタング大佐のことだよ。オレの読みだと、きっとあれは本気の女が出来たね!」

きっぱりと言い切るマスターに、2人は疑いのまなざしだ。

「2人ともどうせこれから司令部に行くんだろう?直接確かめてみたらどうだい?」

2人はもう一度顔を見合わせ、そしてうなずいた。

「ありがとう、おじさん!」

「あ、待ってよ〜、兄さ〜ん!」

来たとき同様、大騒ぎしながら走っていく2人にマスターは笑顔で手を振った。















東方司令部、ロイの執務室の前で2人は大きく深呼吸した。

「いくぞ、アル」

「兄さん……本当にやるの?」

「当たり前だろ!どうせあの大佐のことだ。何か企んでいるに違いない!!!おじさんが言ってたことも、アイツの作戦の1つだ!」

「う〜ん……そうかなぁ……」

どこか腑に落ちないと首を傾げている弟の横で、兄は細くドアを開けて中を覗いてみる。

先ほどリザが書類を抱えて出て行ったところから、今はロイが1人で机に向って書類にサインをしていた。



「よーし……大佐、覚悟!!!」



そう叫ぶと同時に、バンっとドアを開ける。 突然の訪問者に、ロイは何事かと顔をあげる。

すかさず少年はパチンと両手を合わせると、手を床についた。

床に青白い不思議な光が生まれ、あふれ出す。

次の瞬間、さっきまで何もなかった床からいきなり大きなげんこつが飛び出してきて、ロイに向って殴りかかってきた。

「うわぁ!?」

ギリギリのところでロイは椅子から転がり落ちてげんこつをかわすことができた。

「痛っ…何なんだ、一体!?」

受身を取り損なって床にぶつけてしまったお尻をさすりながら、ロイはげんこつが飛んできた方を見る。

「油断してんじゃねぇ!」




拳の陰から少年が飛び出し、ロイの方へ向ってきた。

「なっ!?」

転がりながら、何とか少年の攻撃を逃れる。

「どうした?いつものご自慢の手袋は使わないのか?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!君は一体何なんだ?」

「はっ?」

ロイに向けて繰り出されようとしていた拳がぴたりと止まる。



「大佐…何言ってんだ…?」

少年の顔に困惑の表情が浮ぶ。

「君は誰なんだ?僕が何かしたのか?それに…子どもが軍部なんかに居ちゃ危ないじゃないか!」

少年のこめかみに青筋が浮ぶ。

プチっと何かが切れる音が聞こえた気がした。





「誰が赤ん坊みたいでおむつも取れてない洟垂れドチビだ〜!!!」

「誰もそこまで言ってないだろ!?」





さっきまでとは比べ物にならない殺気。

やられる…!?

そうロイが思ったときだった。



「大佐っ!?」

「兄さんっ!?」




入り口の方から飛び込んできた2つの人影。

そのうちの1人がロイを庇うように前に躍り出た。

煙る視界の中、目の前に揺れる金色の髪。

自分の名を呼ぶ声。

こめかみの奥に刺すような痛みが走り、ロイはその場にうずくまってしまった。

「大丈夫ですかっ!?」

リザが慌ててロイに声をかける。

「もう、兄さん!何やってるんだよ!?」

「いや、オレはまだ何も……」



そのとき、すっとロイの頭から痛みが引いていった。

「大丈夫……ただ、今一瞬何か……」

「もしかして…記憶が!?」

リザの言葉に、ロイはゆっくりとクビを横に振る。



「あの……大佐、どうかしたんですか?」

そんな2人のやり取りを見ていた鎧の少年が恐る恐るリザに声をかける。

「あぁ、あなた達にはまだ説明していなかったわね……実は、大佐今、記憶喪失中なのよ」

「「……記憶…喪失………えぇっ!?」」

こうして、彼ら2人もこれまでのリザやハボックたちと寸部違わぬリアクションを取るのだった。








「というわけで、コチラが大佐と同じ国家錬金術師である『鋼の錬金術師』、エドワード・エルリックくん。そして、鎧を着ている方が弟のアルフォンス・エルリックくん」

「どうも。初めまして、ロイ・マスタング。階級は大佐です……あ、君たちは『初めまして』じゃないのか…」

「あ…こちらこそ、どうも……」

思わぬ丁寧な挨拶につられて、エドとアルは思わず頭をぺこりと下げた。



「ねぇ中尉、ホントに大佐の奴、記憶がないの?」

エドの言葉に、リザは静かにうなづいた。

「そっか……記憶か………」

「兄さん、もしかして記憶を練成しようとか考えてるんじゃないだろうね?」

「えっ!?」

イタズラが見つかった小さな子どもみたいに驚いた表情でエドはアルの方を見た。

「いや……出来るかと思って、構築式を考えてみたんだけど……流石に『記憶』が何を対価にすればいいのか思いつかなくてさ……」



かつてエドはアルの魂を練成した。

いや、練成というより連れ戻したと言った方が正しいのかもしれない。

肉体と魂はお互い引きあう。

しかし、今回は魂ではなく記憶だ。

記憶を構成しているものが一体何なのか。

それは、どうやったら作り出せるものなのか。

エドにも分からなかった。



「でも、元に戻るんだろ?」

「えぇ、元に戻る可能性は十分にあるわ。ただ、それがいつになるのかは分からないのだけど……」

エドは視線をロイへと戻した。

ロイは、彼にとっては初めて出会うアルフォンスの鎧姿を興味深げに眺めている。

「しっかし、記憶がなくなるとここまで人間って変わるものなんだな…今までの大佐とは大違いだぜ」

ドリンクスタンドのマスターが言っていた言葉を今になってエドは実感した。

「えぇ、本当に…記憶をなくしてから仕事もサボらないし、浮いた話もないらしく、逆に評判がいいくらいよ?」

ペタペタとアルの鎧を触って、子供のように次々と質問しているロイを見ながら、リザはクスリと笑っていった。

いつもと変わらないように見えるリザのちょっと困ったような微笑。

けれど、そこに見え隠れしている影にエドは気づいていた。





「あのさ………中尉はそれで…いいの?」





「えっ…!?」



弾かれたようにリザはエドを見たが、エドはリザの方を向かず、ロイとアルの元へ駆け寄っていった。