恋は盲目
オレの名前はジャン・ハボック。
階級は少尉。
我等が上司、ロイ・マスタング大佐の下に配属されて以来、思い返せばいろんなことがあった。
サボり癖のある上司のおかげで残業が思いっきり増えた。
焔の錬金術師である上司のおかげで何度も黒焦げになりかけた。
そして、最大の悩み…
女にもてる上司のおかげで、せっかく出来た彼女を何人も奪われた〜!!!!!!
そんな困った上司を上手く操縦しているのが、オレのもう一人の上司。
リザ・ホークアイ中尉。
彼女がいなかったら、この司令部は破滅していたかもしれない…
そんな2人が、実は恋人であることは、一部の人間しか知らないこと…
確かに、オレは中尉のことをいいなと思っていたこともあったけど…だけど、あの2人を見ていたら、自分が入る隙なんてないことが良く分かる。
寧ろ、2人が幸せでいてくれることがオレの望みだ。
なぜなら、大佐に決まった人が出来れば、これ以上オレの彼女を取られることも………
しかし、オレは昨日聞いてしまったんだ…
昨日は朝から、司令部内の片付けをしていた。
何でも、中央からお偉いさん方が視察に来るとかで、そのための準備にオレたちは走り回ってるってわけ。
まぁ、多少片付けたからって、何かが変わるわけじゃないんだけどね…
「そういや、もうお偉いさん方はこっちに来てるんだよな?」
「あぁ、午前中に大佐が出迎えたらしい。長旅で疲れているだろうから、視察は明日なんだとさ」
「あ〜あ、めんどくせぇ…さっさと帰らねぇかな〜」
オレはブレダと愚痴を言い合いながら、司令部の廊下を歩いていた。
大体オレは、お偉いさま方が大の苦手なのだ。
あまり得意なヤツもいないとは思うけど…
「そういや、聞いたか、ハボック?今回の視察に、中央のお偉いさんの娘や孫も何人かついて来てるんだとさ」
「何!?ホントか?」
お偉いさんは嫌いだが、その娘となれば話は別物!
大体、お偉いさんの家は名家が多い。
そうなれば、その娘や孫はお嬢さまである。
上手くいけば彼女ゲットどころか、逆玉も夢ではない!!!
「おい、ブレダ、確か視察最終日に、交歓会があったな?」
それは中央と地方の軍人の交流目的のパーティーのようなものだ。
お偉いさん方にとっては、情報と裏工作の場だが、そこには例の娘や孫も出席する。
上手くいけば、彼女たちと知り合えるビッグチャンスだ。
「あぁ、でもお前めんどくさいから出席しないって言ってたんじゃ…」
「前言撤回!お偉いさんの視察バンザイ!!!」
俄然やる気になったオレは、ブレダと別れ、古い書類をしまいに書庫へと向かった。
その途中にある大佐の執務室で…オレはあの会話を聞いたんだ…
『そういえば中尉、あの子はいつまでこちらにいるのかな?』
ふと耳に飛び込んできたのは大佐の声。
あの子?
『明後日までですよ。そんなにお気に召しましたか?』
明後日?
明後日と言うと、例の視察団が中央へ帰る日だ…
まさか…
『あぁ、あんな可愛らしい子は初めてだよ』
何!?そんな可愛らしい子がいたのか?てか、大佐、何チェックいれてんだよっ!!??
『でも、あの子は人見知りが激しいみたいでしたが…』
『なに、かまわぬさ。帰るまでには必ず…』
何だと〜!!!帰るまでに一体何する気なんスか、大佐!?
『はぁ…仕方ないですね…』
仕方ないって…それ許しちゃうんスか、中尉…
『すまんな、中尉。さて、キャシーに会うためにさくさく仕事を進めるとするか!』
キャシーって…
それからどうやって歩いてきたのか覚えていない。
気付いたら、自分のデスクに戻っていた。
「オイ、ハボ、どうしたんだ?」
「なぁ、ブレダ…今度の視察にくっついてくる女の子の中にキャシーって…」
「キャシー?…あぁ、デルタ将軍の孫娘のキャサリン嬢のことか?流石、情報早いな〜。
何でも将軍ご自慢の可愛らしい子だとか…だけどあの子は…」
間違いない、彼女のことだ…
そりゃ、中尉とのことは秘密だから、他の女性に声をかけられるのは仕方がない。
だけど、大佐の方から狙っていくなんて…しかも中尉にそのことを相談するとは…
「やぁ、諸君。準備は進んでいるかね?」
「あっ、大佐」
「大事なお客様だからな。しっかり頼むぞ。では、私はこれで」
嬉々とした表情を浮かべて、大佐は帰っていった。
「大佐ご機嫌でしたね〜。何かいいことでもあったんでしょうか?」
「どうせ、今日もデートなんじゃねぇの?」
あぁ…キャシーと早速デートか…
無性にむしゃくしゃして、オレは執務室を飛び出した。
ドンッ!
「あっ、すみません」
怒りの余り前方不注意。
書類が廊下に散らばる。
「ごめんなさい…あら、ハボック少尉」
「中尉…」
ぶつかったのは中尉だった。
急いで散らばった書類を2人で拾い集める。
「これで全部っすか?」
そう声をかけると、うずくまっている中尉が目に入った。
その瞳の端には、光る涙が一粒…
「ど…どうしたんすか、中尉!?」
「ごめんなさい…ちょっとごみが入っただけ…」
中尉…もしかして、大佐のことで…
何となく居たたまれなくなって、拾った書類を手渡すと、オレはその場を離れた。
確かに、オレは2人の関係に口を出せる立場ではない…
だけど、これはひどすぎる!
そして、現在にいたる。
ここは大佐の執務室の前。
視察の連中はさっき帰った。
この後、夕方から交歓会が開かれる。
そこにはあのキャシーも参加するだろう。
その前に、大佐に…
深呼吸して、ノックしようと手を伸ばすと、中から2人の声が聞こえる。
『大佐…職場にまで連れてこられたのですか?』
『あぁ、一緒にいられるのもあと2日しかないのでね…何、大人しくしているから仕事の邪魔にはならないさ。なぁ?』
何!?既に執務室に連れ込んだのか?
『始めは怖がっていたけれど、今はこのとおりさ。なぁ、キャシー?』
『大佐、ここが仕事場ということをお忘れなく…そのようなことは帰宅してから行ってください』
いても立ってもいられなくなって、オレはノックもせずにドアを開けて飛び込んだ。
「大佐!!!見損ないました!!!!!!」
「なんだ、ハボック…いきなり」
「オレ、大佐がそんなに節操無しだとは思いませんでした…そりゃ、もてるのは仕方がないけど…だからって中尉という人がありながら…」
「私がどうかしたの?」
「中尉、もうこんな人について行く必要ありません!!!我慢しないでください」
「?????」
「ストーップッ!!!ハボック…お前何か勘違いしているのではないか?」
何言ってるんだ…この後に及んで勘違いなんて……へっ?勘違い???
「だって、大佐は中央のデルタ将軍の孫娘のキャサリンさんに手出したんでしょ?」
「はぁ!?」
「しかも職場にまで連れ込んで…最低ッス!!!」
「ちょっと待て、ハボック…何を言っているんだ?」
「そうなんですか、大佐…」
背後から聞こえてきた冷たい声に、オレと大佐は凍りついた…
「私が気付かない間にそんなこと…」
ガシャリと激鉄がセットされる。
やばい…眼がマジだ…
っていうか、これじゃオレも巻き添えじゃねぇか!!!
「待て、中尉!!!私はそんなことはしていない!ハボック、貴様!!!」
「だって…アンタが言ってたんじゃないっすか!『可愛いキャシーに早く会いたい』って…」
「『キャシー』?」
にゃ〜ん
ひょっこり大佐のデスクのしたから現れたのは、真っ白い子猫だった。
「えっ!?まさか…キャシーって…」
「この子のことだ!中尉が友人の旅行中に預かった猫だ!!!」
えっ…ネコ…?
「じゃあ、キャシーに会いに行くって言うのは…」
「中尉の家に、ネコを見に行くということだ」
「じゃあ、中尉が昨日泣いてたのは…」
「あら、ごみが入ったって言わなかったかしら?」
それじゃあ…昨日からのオレの悩みは…
「よくも人を浮気もの扱いしてくれたな、ハボック…」
「うわっ、何発火布はめてるんスか!?」
「うるさい!お前のせいで、もう少しで中尉に撃たれるところだったではないか!!!」
「そりゃアンタの日頃の行いが悪すぎるせいだろ!」
「問答無用!」
ボンッ☆
目の前がオレンジ色に染まった…
「ぶははははっ!何だお前、そのチリチリ頭は」
「ほっとけ…」
まったく…紛らわしいんだよ…
大佐の焔のせいで、すっかり縮れてしまった前髪に手をやると、また溜息がでる。
「まぁ、気を取り直してさ。ほら、お目当てのお嬢様たちもいることだし…」
ブレダに励まされて、当初の目的を思い出した。
そうだ、ここは交歓会会場!
大佐の疑いも晴れたことだし、これでキャサリン嬢にも堂々と近づける。
「ほら、アレが昨日言ってたキャサリン嬢だよ」
「どこだどこだ???」
ブレダが指差す方を懸命に探すが、それらしい子は見あたらない。
「ほら、将軍の隣にいるだろ?ピンクのフリフリのドレス着た…」
ピンクのフリフリ???
えっ?
「分かったか?あれがデルタ将軍の孫娘、キャサリン嬢。御年8歳」
オレの名前はジャン・ハボック…
階級は少尉…
彼女はまだいない…