無能
じめじめとした空気が部屋の中に溢れている。
空には厚い灰色の雲。
もう、かれこれ4日ほど、太陽を見ていない。
降り続く雨に、司令部の面々もうんざりしていた。
「今日も雨…なかなかやみませんね…」
いつものように書類を抱えたホークアイ中尉が執務室に入ってきた。
その書類も、湿気を吸っているからだろうか、いつもより心なしか思い気がする。
「あぁ…やまないな…」
そういう上司の顔は空と同じように曇っている。
焔の錬金術師、ロイ・マスタング大佐。
彼と雨の相性が悪いことは、司令部では有名なこと。
「よぉ、ロイ!相変わらず無能か?」
ノックもなしに勢いよく執務室のドアが開くと、天気とは全く正反対の晴れ晴れとした声が部屋中に響き渡った。
「ノックぐらいしろといつも言っているだろう」
「そうカリカリすんなよ、いくら雨の日は無能だからってさ」
「うるさい…燃やされたいのか?」
「どうせ、こんなに湿気てたら、ご自慢の焔も不完全燃焼だろ?」
「…っ!!!」
当たっているだけに言い返せない上司を見ながら小さく溜息をつくと、リザは持ってきたコーヒーをテーブルの上に置いた。
「どうそ、中佐。それから、お話なさるのは結構ですが、手は止めないでくださいね、大佐」
「やぁ、リザちゃん。相変わらず有能な副官っぷりだねぇ」
「恐れ入ります」
「こんな無能にはもったいないな、あはははは」
「無駄口を叩いてないで、さっさと用件を言ったらどうだ、ヒューズ」
湿気と「無能」の連続攻撃で、上司の堪忍袋の尾は切れる寸前である…
「実はな、明後日行われる例の式典のことなんだが…本部にこれが届いてな…」
差し出されたものをリザは上司へ渡す。
「ほう、これはこれは、まるでお手本のような脅迫状だな」
「まぁ、たいした奴等じゃないんだろうが…念には念を入れってことさ。今回は軍人だけでなく一般人も参加するからな」
「それで、どうすればいいんだ?」
「いやなに、お前のとこのヤツ貸してもらえればいいんだ。どうせ、お前さんは出席しなきゃならないんだし。
無能なお前の警護ってことでちょうどいいんじゃないか?」
「……雨がやんだら覚えていろよ、ヒューズ…」
「けれど、本当にお気をつけください、大佐」
ヒューズが帰った後、カップを片付けながらリザが言った。
「当日、もし雨が降ったら…」
「あ〜もう、雨の日は無能で悪かったな!!!大丈夫だよ、明後日までにはやむさ」
本当に大丈夫かしら…リザの不安は消えないまま、式典当日を迎えた。
式典当日、空は2日前と同様、灰色の雨雲で覆われていた。
「やっぱり雨でしたね…大丈夫っすかね、大佐?」
「さぁ…何事もなければいいんだけど…」
ハボック少尉とリザはそろって関係者席に座る上司に目をやった。
これまでのところ、式典は滞りなく進んでいる。
「あと、10分くらいですかね?あの脅迫状はいたずらだったんじゃ…」
ドーン!!!
少尉の言葉を遮るように、会場に爆発音が響いた。
もうもうと立ち上る土煙。
いすが倒れる音、巻き起こる悲鳴、会場はパニックに包まれた。
「第1部隊、一般人を非難させろ!救護班、けが人の手当てだ!」
マスタング大佐の指示で、待機していたものたちがいっせいに動き出す。
「実行犯はまだつかまっていない!探せ!!」
「大佐、後ろ!!!」
ハボックの声にすばやく後ろを振り向いた大佐だったが、一瞬遅かった。
「へへへ、これはこれは焔の錬金術師さまじゃないですか」
「貴様…」
ハボックの声に駆けつけたリザが見たものは、後ろ手をつかまれて身動きできないロイの姿だった。
「へっ、雨の日は無能って噂は本当みたいだな。貴様には仲間が大勢やられてるんだ…じっくりいたぶってやるよ」
「くそっ!」
上司が人質となっていては身動きが取れない。
ハボックは咥えていたタバコをかみ締めた。
「さぁ、そこの2人も銃を置いてもらおうか…」
犯人の言葉に、ハボックはリザを見る。
そのリザの眼はしっかりとロイを見つめていた。
ロイもリザを見る。
2人の視線が合った次の瞬間、2人は動いた。
敵の手を力任せに振り解くと、びっくりしている相手の鳩尾に思い切り肘鉄を食らわす。
ひるんだ相手を投げ飛ばすと、ロイはすぐ横にいた仲間の足を払った。
とっさのことで動けない敵たちが手に持った武器を、リザの銃が一部の狂いもなく打ち落とす。
「今よ、ハボック少尉!」
リザの声にはっと我に返ったハボックは慌てて援護する。
すぐに応援も駆けつけ、テロリストたちはあっけなく捕らえられた。
「雨の日なのに、大佐、強かったっすね」
「まだ無能と言うか、ハボック・・・」
ロイの鋭い目に、ハボックは大きく首を振った。
「私は国家錬金術師であると同時に、軍人でもあるのだよ。戦えて当然だろ」
そう、国家錬金術師というだけで大佐という地位を築いたわけではない。
この人にはれっきとした軍人として「大佐」という地位に相応しいだけの力があるのだ。
「お疲れ様でした、大佐」
暖かいコーヒーを持ったリザが執務室に入ってくる。
雨で濡れた服は着替えたが、身体はまだ冷えていた。
「ありがとう」
コーヒーを受けとり、カップを手で包む。
雨で濡れた服は着替えたが、身体はまだ冷たいままだ。
冷えた手先がじんわりと熱くなる。
「君の援護のお蔭で助かったよ、リザ」
「ですから、あれほど注意してくださいと申し上げたのに…」
「いいじゃないか、無事だったんだし…」
「心臓に悪いので、以後気をつけてください」
「…やっぱり私は無能だったかね…」
「……戦っている大佐はかっこよかったですよ…」
「本当かね!!!」
「でも、いつものサボりとあわせるととその評価もマイナスになります…」
がっくりと肩を落とすロイの後ろの窓から、雲が切れ光のさすのが見えた。
どうやら明日はいい天気になりそうだ…