大人の純情2
アレは何だったんだろう…
昨日の出来事を思い出しながら、ロイは訓練場を眺めている。
そろそろ訓練も終わりの時間なのか、兵士たちは片付けを始めている。
もうすぐ、中尉がここにやって来るな…
そう思って仕事を進めなければと思うものの、先ほどまでと同様、全く調子が出ない。
知らず知らずのうちに、また外を眺めている。
「なんだ?外に面白いものでもあるのか?」
「うわっ!!!」
いきなり耳元で聞こえた声に驚いて、ロイは椅子から滑り落ちてしまった。
「すまんすまん、まさかそんなに驚くとは…」
「燃やすぞ、ヒューズ…」
「それは勘弁…何見てたんだ?訓練場か?」
「なんでもない…大体、いつの間に入ってきたんだ?」
「珍しいな、お前さんが人の気配に気がつかないなんて…」
まさか、中尉の姿を追うのに夢中になっていて気が付かなかったなどと口が裂けても言えるわけがない。
特にこの男には…
「ちょっと考え事をしていただけだ…」
「ふ〜ん…」
ロイは何事も無かったかのように仕事に戻る。
そんなロイを横目に、ヒューズはさっきまでロイが見てた方へ目をやった。
訓練場では今まさに訓練が終わったところのようで、指導役の上官が退出しようとしていた。
その人ごみの中に、ヒューズもよく知っている顔がある。
はは〜ん、さては…
「そういえば、今日はリザちゃん、どうしてるんだ?」
「…さぁ、もうじき書類を取りに現れるんじゃないか?」
一瞬の反応をヒューズは見逃さなかった。
ビンゴだな…
ポーカフェイスといわれる焔の錬金術師で国軍大佐のロイも、長年の付き合いであるヒューズには隠せない。
本人は隠しているつもりがだ、ヒューズには手にとるようにロイの感情が分かる。
「せっかく来たんだし、リザちゃん来るまで待ってようかな〜」
「……」
「しっかし、リザちゃん綺麗になったよな〜」
「……」
「美人の上に優秀で部下からの信頼も厚いとくりゃ、男どもが放っておかないだろう…」
「……何が言いたい、ヒューズ?」
ほらほら、眉毛がぴくぴくしてるよ、マスタング大佐。
「まぁ、そろそろ恋人がいてもおかしくないってことさ」
「……」
聞こえてないふりなのか、ロイからの返事は無い。
こいつがこんな反応するとはな…まんざらでもないってことか…
長年一緒にいるから、ロイのことはよく分かる。
アイツが背負っているものも、大切なものも。
「そうだ、見てくれよ〜今日現像したばかりのエリシアちゃんの写真♪可愛いだろ〜なんていうか、こう、お花畑を飛び回る妖精っていうか〜」
「またお前の娘自慢か…」
「家族はいいぞ〜ロイ」
「……私に家族はいらない……」
まだ、その考えは変わらないのか……ロイ……
コンコン
「失礼します」
「おっ、リザちゃん、久しぶり〜」
「ヒューズ中佐、お久しぶりです」
噂をすればなんとやら…
「大佐、仕事のほうは?」
そう言って、リザは机の上に積まれた書類の山に目をやる。
「あっ、中尉…これはその〜…」
「こちらは今日中と申し上げましたよね?」
「……はい…」
「それでは必ず『今日中に』お願いいたします」
いつもより30℃は下がった中尉の声に、ロイは猛スピードで手を動かし始めた。
「いや〜いつもながら、見事なロイ操縦っぷりだね〜」
「甘やかすと、こちらにつけが回ってきますから…」
真面目に仕事を始めたロイを見て、これ以上サボる心配はないだろうと、2人は執務室を出た。
天気のよい午後、ヒューズの提案で、売店でコーヒーを買って中庭のベンチに座る。
「リザちゃんも、訓練指導お疲れさん」
「見ていらしたのですか?」
「上から見えたから。あれからすぐに来たってことは、休憩も取ってないんだろ?」
「ええ…あの人が仕事してるか心配だったもので…」
「ははは、ロイのヤツ、よっぽど信用無いのか?それとも…リザちゃんが早くロイに逢いたかったのかな〜?」
「なっ、なんでそんなことがっ///」
おやっ、この反応…
ヒューズは先ほどのロイの反応を思い返した。
「リザちゃん…ロイとなんかあったのか?」
「…いえ、なにも…」
何にも無いわけないじゃないか…こんなに簡単にポーカフェイスを崩すなんて…
しかし、ヒューズはこれ以上そのことについて何も言わなかった。
いや、何もいえなかった…
「まぁ、これで元気出せよ!!ほら、出来上がったばかりのエリシアちゃんの写真、可愛いだろ〜なんと言うか〜こう…」
書類から顔を上げ中庭に目をやる。
座っている親友と部下。
何を話しているのだろうか…
さっき言われたことが頭の中を廻っている。
生まれたばかりの感情。
もしかしたら、もうずっと前からそれはあったのかもしれない。
けれどそれは、気づいてはいけないもの。
認めてはいけないもの。
開けてはいけないもの。
それを無意識に押し込もうとしている自分にロイはまだ気づいていなかった。