大人の純情 Riza Ver.



はぁ…

今日、何度目の溜息かしら…。

司令部内にある訓練場ではいつものように、若い訓練生たちが汗を流している。
リザは指導員として、彼らの訓練に参加している。

いつもなら情け容赦なく、次々と甘い点を指摘していくのだが、どうしたことか今日はまったく訓練に集中できない。
兵士の動きを見ているはずなのに、全く反応できない。

どうしてこんなことになってしまったのかしら…

「どうかなさったんですか、ホークアイ中尉。体調でもお悪いのでは…」
「大丈夫よ」

いけない、集中しなければ…

そう思いながら、リザは司令部の建物を見上げる。
その視線はは自然と上司のいる執務室の辺りへ向かう。

はぁ…

本当に私はどうしてしまったのかしら…


そう、きっかけは昨日の夕方だった。



いつもはざわざわとしている司令部の部署も、昨日は珍しく静かだった。
ハボック少尉とブレダ少尉はそれぞれ訓練と視察に。
残っていたファルマン准尉やケリー曹長もそれぞれ急な呼び出しで部屋を出て行ってしまった。

「ここがこんなに静かになるなんて…」

リザは時計を見上げた。
まだ、上司のもとへ書類を取りに行くには少し早い。

またサボって、仕事を溜めていなければいいのだけれど…

優秀な軍人で国家錬金術師であるが、サボり癖と女癖が悪いのが彼の欠点。

ずっと書類を見ていて疲れた眼を休めるため、リザは眼を閉じた。
窓に近いリザのデスクには、少し傾きかけてきた太陽の光が暖かく降り注ぐ。

そういえば、最近小さな事件が頻発したせいで、まともに休みを取ってなかったわね。
あの子も留守番させてばかり…今度ゆっくり散歩に連れて行ってあげなきゃ…

自分で思っている以上に疲れは溜まっていたのだろう。
暫くすると、リザは心地よい眠りの中にいた。



明るい部屋の中にリザはいた。

足元には愛犬、ブラックハヤテ号が丸くなって眠っている。

またはしゃぎすぎたのかしら…

そのとき、ドアをノックする音が聞こえた。

あぁ、帰ってきたわ。

ドアの向こうにいるのは私の大切な人。

「ただいま」

さらさらとした黒い髪に、優しく笑う黒い瞳。

「お帰りなさい」

彼は部屋に入り、そっとリザを抱きしめる。

ふわっとした暖かさがリザを包む。

「リザ…」

いつもの役職ではなく、彼が口にしたのは彼女の名前。

彼の顔がすっと近づいてくる。

「……ロイ……」



がたん!!!

何かが動く音がした。
ハッとリザは目を覚ます。
そこにはびっくりした顔の上司が立っていた。

「…えっ、大佐っ!?どうなさったのですか?もしかして私、今…」
「いや、何もしてないぞ!ホントだ!!!」

いつの間に眠ってしまっていたんだろう…
しかも、人が近くにいるのに気がつかないなんて…
いくら疲れていたからとはいえ、軍人としてあるまじき失敗だわ…

そう思っていたリザの前には何故か慌てている上司の姿が…。
どうして彼が慌てているのかしら?

いつもの冷静な姿とはかけ離れた彼の様子。
これを数多の女性たちが見たらどう思うかしら?

そう考えると、リザはおかしくてたまらなくなった。

「ふふふふ…」
思わず笑いがこぼれる。

「すみません…あまりに大佐が慌てているものですから…」
「あっ…いや…」

夕日のせいだろうか、ロイの顔が真っ赤に見える。

立ち上がろうとして、リザは肩に掛けられている上着に気がついた。
青い軍服。
そういえば目の前の上司はいつも着ている上着を身に着けていない。

「もしかして、これ、大佐の…」
「あぁ、気持ちよさそうに寝ていたし、夕方で少し冷え込んできたから…」
「申し訳ありません…」

リザは上着を上司に手渡した。

「そういえば、なんだか微笑んでいたみたいだが、いい夢でも見ていたのかね?」
「えっ…///」

大佐の言葉でリザはふと直前まで見ていた夢を思い出す。

私…夢の中で…大佐と…

リザは自分の顔が赤くなっていくのが分かった。
でも、これだけ綺麗な夕日だもの…
きっと彼が気づくことはないでしょう…


リザの胸の中には、今までになかった小さな何かが誕生しようとしていた。