大人の純情Riza.Ver.2



アレは何だったんだろう…

昨日の出来事を思い出しながら、リザは執務室の辺りの窓を見上げた。

訓練が終わったら大佐のところへ行かなければ…

そう思うたびに、溜息がこぼれる。

「本当に、体調悪いんじゃないっすか?」
「大丈夫よ、ハボック少尉」
「ならいいっすけど…今日の中尉、なんか変っすよ」

普通の人なら分からないことかもしれないが、身近にいる人にはリザの様子がいつもと違うことは明白なようだ。

「ちょっと考え事をしていただけ。たいしたことじゃないわ」
「ふ〜ん…」

そうは言うものの…この人がこんな顔するなんてな…

ハボックは昨日のことを思い出す。


「ただいま帰りました〜。あ〜疲れた…」
視察から戻ったハボックがドアを開けると、部屋には大佐と中尉がいた。
2人の間に流れる空気がいつもと違うことにハボックは気づく。
しかし、それは一瞬のことだった。

「あら、お帰りなさい」
「まったく帰ってくるなりやかましいヤツだな」
いつもの2人。
だけどどこかがおかしい。

あの時からだ。
中尉の様子がおかしいのは…

ハボックは隣に立っているリザの顔を横目で見る。

あぁ…まただ…またアソコを見ている…


そうこうしている間に訓練は終わりの時刻を迎えた。
指導役だったリザとハボックは兵士たちより先に退出する。

「中尉はこれから、大佐のとこっすか?」
「えっ!?あぁ、そうよ。書類が減っていればいいんだけど…」

やっぱり『大佐』なんだ…

「あの…オレ、回りくどいの苦手なんで直球で聞きますけど、大佐となんかあったんすか?」
「……どうして?」
「見てれば分かります。オレ、大佐の部下であると同時に、貴女の部下でもあるんですから…」

そう、大佐と同じくらい、貴女のことも見てきてるんです…

「……何にもないわ…」
「でも、中尉の今日の様子、まるで『恋する乙女』っすよ…」
「///…本当に何にもないの…ただ、私が一方的に考えてるだけ」
「やっぱり中尉、大佐のこと…」
「あなたが思っているような感情じゃないわ。私はあの人の部下で、駒。あの人が上に行くのに必要な女性は私ではない。」

そう…私ではあの人を支えることは出来ても、上に引き上げることは出来ない。

今必要なことは、あの人を支え、守ること。

こんな気持ちじゃダメだわ…

「じゃあ、私は直接大佐のところへ行くわね」
「はい、お疲れ様っす!」

執務室に歩いていくリザの姿はいつもと変わらない。
しかし、ハボックには、何処か無理しているように見えた。


ドアの前で深呼吸を一つ。
コンコン
「失礼します」
「おっ、リザちゃん、久しぶり〜」

そこには大佐だけではなく、ヒューズ中佐も一緒だった。
心の何処かでホッとしている自分がいる。

「ヒューズ中佐、お久しぶりです」
そう挨拶して、リザは大佐の方を見る。

「大佐、仕事のほうは?」
そう言いつつ、机の上を見ると、積まれた書類の山はまだ高いまま。
「あっ、中尉…これはその〜…」
「こちらは今日中と申し上げましたよね?」
「……はい…」
「それでは必ず『今日中に』お願いいたします」

猛スピードで動き始めた大佐の手を見て、リザは思った。
この調子なら、なんとか今日中には終わるだろ…


「ロイのヤツも調子出てきたみたいだし、リザちゃん、ちょっと休憩しようや」
「あっ、お茶も出さず申し訳ありません」
「いいのいいの、ロイのヤツの邪魔にならないように外で飲もうぜ」
「では…大佐、くれぐれもサボらないでくださいね!」

そう言い残して、リザはヒューズと出て行った。
後に残されたロイは、仕方なく書類と格闘を続ける。

「大佐、ちょっといいっすか?」

ノックもなしに現れたのは、部下の一人。

「なんだ、ハボック?ノックぐらいしろといつも言っているだろう?」
「あ〜すんません…あの、ちょっとお話が…」

いつもと違うハボックの雰囲気に、ロイはサインの手を止める。
「なんだ?」
「中尉のことっす」
「……」
「大佐、中尉のこと、どう思ってるんっすか?」
「それは…どういう意味かな?」

真っ直ぐなハボックの眼にじっと心を覗かれているような気がした。

「あんたは有能な人だ。中尉の気持ちに気づいてないわけじゃないっしょ?」
「……」
「あんたにとって、中尉は大切な一人の女性なんすか?それとも、単なる部下の一人なんすか?」
「……」

そんなもの、答えは決まっている。
しかし…


「人は何かの犠牲無しに、何も得ることはできない…」
「大佐?」
「何かを得るためには同等の対価が必要。それが、錬金術における等価交換の法則だ…」
「……」
「私はこの国を駆け上がる。そのためには、何かを犠牲にしなければならない…」
「それじゃ…」
「私は、私の大切なものをその犠牲にしたくは無い…」


私の近くにいればいるほど、犠牲になる可能性は高い…
大切なものがなければ、『私』を対価にすればいい…


「大佐…あんたって人は……」



手の中にある紙コップに入ったコーヒーはもう冷めてしまった。
中庭からあの人のいる部屋が見える。

ハボック少尉やヒューズ中佐にまで指摘されるなんて…

2人に言われたことが頭の中を廻っている。

私と大佐…それは決して一つになってはいけない…

生まれたばかりの感情。
もしかしたら、もうずっと前からそれはあったのかもしれない。 けれどそれは、気づいてはいけないもの。
認めてはいけないもの。
開けてはいけないもの。


それを無意識に押し込もうとしている自分にリザはまだ気づいていなかった。