優しい人


多くの女性は、あの人のことを『優しい人』と称する。

にこりとそれでいてどこか意味ありげな微笑みで相手の心を惹きつける。

甘い言葉で相手の心をとろかす。

気づいたときにはすっかりあの人のペースにはまってしまっている。

そんなあの人を、みんな『優しい人』というのだ。

けれど、私に言わせれば、あの人は優しい顔をした悪魔だ。





この笑顔のどこが優しそうなのだろうか。

細められた眼。

少し上がった口角。

狙った獲物を追い詰めて、どう料理しようか企んでる眼差しだ。



「さて、どうされたい?」

そう言われている私が着ているのは、さっきパジャマ代わりに借りた大佐のワイシャツのみ。

そのボタンはいつの間にかすっかりはずされている。

それを直そうにも、私の両手は頭の上で押さえつけられていて、動かすことが出来ない。

私の下には真っ白なシーツ。

私の上にはさっきまで上司の顔で仕事をしていたロイ・マスタング。

彼が仕事をサボりにサボったせいで、司令部を出たときは既に日付が変わろうとしていた。

「明日も仕事なんだから、近い方がいいだろ」という理由で、大佐の家に半ば無理やり連れてこられてしまった。

そんな訳なのに、何故私はベッドに押し倒されているのだろうか…



「明日仕事だから、さっさと寝てしまった方がいいんじゃないですか?」

「ぐっすり寝るには適度な運動が必要なんだよ」

微塵もそう思ってはいないであろう笑顔。

「にこり」というより、「にやり」という方が正しいかもしれない。

本当に優しさの欠片もない笑顔だわ。

「それで、どうして欲しい?」

ふっと吹きかけられる吐息が、肌蹴た胸元に当る。

暖かく、でもすぐ後に冷やりとする感覚に思わず反応してしまう。

それを楽しむかのように、場所を変えて吹きかけられる息がくすぐったい。

じわじわと身体の中から熱が湧き出てくる。

まだ触れられてもいないのに、嫌でも感じてしまう。

それを隠そうと必死だったのに、貴方はいつもそれを見破ってしまう。



「いつもはクールなのに、このときの君は実に表情豊かだよ」



まるで小さな子がなにか面白い悪戯を思いついたようなキラキラした瞳。

「っ…お褒め頂き光栄です…んっ」

皮肉をたっぷり込めて精一杯の抵抗をしてみる。

それすら嬉しそうな顔する。

本当にいい性格をしてるわ。



唇を近づけているのに、微妙な距離で触れてはくれない。

触れてはいないのに、熱だけは感じる。

もどかしい…触れて欲しい…その手で…その唇で…

自分からはそんなこと言えるわけない。

でも、我慢はもう限界。



「ほら、言ってごらん?どうしてほしいか…」

絶妙のタイミングで促される言葉。

さっきまでとは全く違う、まるで子供をあやすような、慈愛すら感じるやわらかい声。

それに導かれるように、私は夢中で言の葉を紡ぐ。



「っ…触って…お願い…」

「触るだけでいいのか?」

耳元で聴こえる甘い囁きに私は全てを委ねる。

「やっ…抱いてっ…壊れるくらい抱いて!!!」



「………まさか、そこまで言ってもらえるとはね…」

吃驚した表情で、動きが止まる。

それは本当に驚いているのか、それともわざとなのか。

そんなこと、もうどっちでもいい。

彼の頬に手を伸ばし、引き寄せる。

まだ固まっているその唇に自分のを重ねる。

何度か啄ばむうちに、反応が返ってくる。

そしてそれは、すぐに噛み付くような激しい口付けへと変わる。



残っていたボタンがもどかしげにはずされる。

私も負けじと、目の前にあるボタンに手をかける。

現われた素肌。

待ち焦がれていた温もりに夢中で手を伸ばしてすがりつく。

触れ合う肌がたまらなく心地よい。



焦らされた分、いつもより激しいと感じてしまう愛撫。

軽く触れられただけなのに、胸の先端がしびれる。

つままれたまま、くっと力を込められると、声を抑えることができない。

普段の自分からは考えられないような高く、そして甘い声。

それを聞くと、貴方はまた嬉しそうな顔をする。



「どうした?いつもより反応が鋭いんじゃないか?」

「んっ、ちがっ…そんなことない…!」

「本当にそうかな?」



首筋を舐め上げられ、そのまま耳たぶを噛まれる。

耳元で聴こえる水音が頭の中に響く。

その音に酔っていく……



胸元にあった手が下がっていく。

さっきから疼いてどうしようもなかった場所に指が届く。

自分でもわかっていたこと。

耳元とはまた違うところで別の水音が聞こえる。



「ずいぶん濡れてるな…」

わかっていても、改めて言われるとなんだか居た堪れない気持ちになる。

行く先を迷っていた指が一際大きな水音と共に私の中へ入ってきた。

「あっ!?」

堪えていた声が思わずこぼれる。

それを合図とするかのように、私の中で指が動き回る。

何もかもを知り尽くしているその指は、的確に私の弱点をついてくる。

そのたびに私の腰は私の意志とは無関係に跳ね上がり、私の声は知らず知らずのうちに上ずってくる。



「もっと気持ちよくしてあげようか?」

面白がっているかのように笑いを含んだ声で耳元で囁いたかと思うと、私の返事を待たず、視界から彼は消えた。

「あああぁぁぁ!!!」

身体中に電気が流れた。

ざらりとした舌が、敏感な部分に触れた。

指とは違う、不規則なその動きに思わずぎゅっと目を閉じる。

視覚が閉ざされた分、その他の感覚が研ぎ澄まされる。

目を閉じているはずなのに、何故か光が見える。

最初は小さかったその光がだんだんと大きく膨らんでいく。



来る………



その瞬間、光がはじけた。

目の前が真っ白になった。



「そろそろいいか?」

一度絶頂を迎えてぐったりとした私が持ち上げられる。

何度経験しても、この一瞬に慣れない。

期待と不安と恐怖…

「力を抜いて」

言われたとおり、こわばっていた身体をほぐす。

直後、痛みと圧迫感が私を襲った。

「くっ……あまり締め付けるな…」

いつもは余裕な彼の声にも、焦りの色が見える。

荒い息遣い。

「動くぞ」

声が出ないので、私は小さくうなづいた。



ギリギリまで抜かれて一気に貫かれる。

そのたびに私は嬌声を上げ、彼の背中に回した指先に力がこもる。

くすぐったいような痺れが身体の奥からじわじわと広がってくる。

動きが速くなる。

口からこぼれる声はもはや言葉をなさない。

「うっ…」

小さなうめき声と同時に、一段と激しく突かれたその時、私は悲鳴にもにた声をあげ、意識を手放した。



真っ白な世界との狭間でみた彼の顔は、いつもよりずっと優しい顔をしていた気がした………












「貴方はやっぱり優しくなんてないです…」

「なんなんだ、突然…」

髪を撫でていた手が止まる。

「私のどこが優しくないというんだね?」

「全部です。大体、意識がなくなるまで無茶やられたら、優しいなんて思えるわけないじゃないですか」

「君が『壊れるくらい抱いて』って言ったんじゃないか」

「なっ!?」

一時の熱に気を許したとはいえ、自分の言動を振り返って一気に恥ずかしさがこみ上げてきて、思わずシーツの中へともぐりこんだ。

暗い中とはいえ、まともに顔が見れない。

そんな私を引きずり出すと、さっきと同じように腕の中に抱いて再び髪を撫で始める。

「そういわれたから本当に壊すあたりが、全く優しくないんですよ…」

「本当に壊すわけないじゃないか…だって……」





「君が壊れたら、私も一緒に壊れてしまうから………」





その声は、今まで私が聞いた中で一番優しく、甘く、そして暖かかった。









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