刹那に咲いた花
あの日から、あの人の苦手なものが増えた。
けれど、それを知っている人は少ない。
だからこそ、オレは知っていたいんだ。
あの人が今背負っている痛みを…
その日は、2,3日前から降り続いていた雨も上がり、朝から気持ちのいい晴れ間が広がっていた。
午前中、デスクワークをしてすごしていた我が上司は、午後になって身体が鈍ってきたらしい。
「ここ2,3日雨だったからな。市内視察にも出かけていなかった…よし、ハボック!午後から視察に行くぞ!!!」
あいにく本日中尉は休み。
よって、大佐のわがままを止めることの出来る人がいない。
「いいっすけど…中尉に怒られない程度には書類進めてくださいよ?」
「ははは、分かっているよ」
そうさわやかにいう大佐のデスクの上には、未処理書類が山となって積まれていた…
見なかったことにしよう……
市内のメインストリートは、平日だというのに混雑していた。
皆、雨で出かけられなかったからだろうか。
開放感に満ちた表情である人は家族で、ある人はカップルで楽しげに歩いている。
平和だな…
そう思わずにいられず、しばしボーっと通りを行き交う人たちを眺めていた。
「どうした、ハボック?はは〜ん、さてはまた、オレも可愛い彼女と一緒にデートしたいなとか考えているんだろ?」
「そんなんじゃないっすよ…ただ、なんと言うか…平和だな〜って…」
「そうか…確かに平和だな…」
そういって穏やかな目で遠くを見つめる大佐の横顔は、本当に優しげで、「人間兵器」と呼ばれる力を持っているとは思えない。
実際にオレは、イシュバールで大佐がどんな戦いをしたのか知っているわけじゃない。
だけど、そのときの体験が大佐の心の傷となっていることは確かだ。
それを思い出すとき、大佐の目は悲しみの色に染まる。
そして、その戦いを知らないオレは、その色を消すことは出来ない。
それを消せるのは1人だけだった…
「あれ?大佐と少尉じゃん!」
不意に背後から声を掛けられた。
振り向くとそこには金髪三つ編みの小さな少年(おっと、これは禁句か)が、大きな鎧とともに立っていた。
「おう、鋼の大将。いつこっちに来たんだ?」
「ついさっきだよ。珍しいね。今日は中尉と一緒じゃないんだ」
「あいにく中尉は休みでね。ところで、鋼の。旅の成果はあったのかね?」
「うっさいな…」
ふてくされた様子から判断すると、今回も収穫はなかったらしい。
「ほらほら、兄さん。ふてくされないで。これから査定でしょ」
「あぁ…そうだったな」
「では、先に査定を済ませて待っていたまえ。市内を一周したら司令部に戻るさ」
「じゃあさ、悪いんだけど、事務局に連絡してくれないかな?実は今日査定に行くって言ってなくて…。大佐なら電話番号分かるだろ?丁度そこに公衆電話あるしさ」
「あ、あぁ…」
エドが指差す先にある電話ボックスに目をやり、大佐の方を見てオレは焦った。
「あ、オレがやりますよ」
「悪いね〜少尉」
「いやいや、それより早く査定済ましちゃえよ」
「じゃあ、お先に失礼します。行こう、兄さん」
「後でな、大佐」
明るい表情で走っていく兄弟…
その後姿の方を向いてはいるものの、今の大佐の目に彼らは映っていないのだろう。
もちろん、オレも…
電話を入れたあと、そのまま予定通りのコースを回って、オレと大佐は司令部へと戻った。
待っていた鋼の大将と話をして、残っていた書類を片付ける。
それはいつもと同じ大佐だ。
けれど、目が違う。
悲しみと、そして憎しみが混じった漆黒の瞳。
あの夜のことをオレは鮮明に覚えている。
一本の電話。
叫ぶ大佐の声。
そして、電話ボックス…。
いつものように残業をしていると、辺りはすっかり暗くなり、気付いたら部屋に残っているのはオレだけになっていた。
「なんだよ、みんな薄情だな…」
仕事後の一本に火をつけると、ロッカーへ向かう。
その途中、大佐の執務室の前を通った。
もう、帰っているはずの時間だった。
だけど、何故だろう…オレはノブを回した。
ガチャッ
鍵は掛かっていない。
ゆっくりと執務室に入る。
電気もついていなかったが、大佐はそこにいた。
机の上にうつぶせになって…
側には一本の短剣が置いてある。
あの人のだ。
「大佐…風邪ひきますよ?」
「……ハボック?」
オレを見上げたその目にオレは吸い込まれた。
気付いたら、咥えてた煙草をデスクに押し付け、大佐の唇に自分のを重ねていた。
驚いた表情の大佐…
それに構わず、やわらかい唇を味わう。
「すんません…でも、オレ…」
そういってぎゅっと抱きしめると、無意識の反応なのか、大佐もオレの軍服を掴んでいるのが分かる。
傷ついた人の弱みに付け込むなんて最低だって思ってる。
だけど、放っておけない。
イシュバールで傷ついた大佐を癒せるのは、あの人だけだった。
オレじゃダメだった。
でも、今あの人はいない。
側にいるのは、オレなんだ。
そのまま椅子から抱きかかえると、側に置いてあったソファーへ運ぶ。
「大佐…いいっすか?」
返事は無かった。
ただ、ほんの少しうなずいたような気がした。
青い軍服を脱がす。
そこから現れるのは、白い肌。
その肌に唇をつけて強く吸う。
小さな赤い花が咲く。
その花が咲いているのはほんのわずかな間。
きっと明日が終わる頃には、その花は姿を消してしまう。
けれど、一瞬でもいい。
貴方がオレのものであった証を示すことができるのなら。
刹那に咲いた花の色……その赤い色をつけられるのなら……
首筋から鎖骨へ、そして胸へと触れていく。
だんだんと激しくなる愛撫。
それに伴い激しくなる呼吸。
「声、出してください」
我慢しているのがわかったから。
しかし、貴方は目を閉じたまま首を横に振る。
そして、その理由もわかっている。
「いいっすよ…名前呼んでも…」
貴方が声を我慢するのは、口を開けばあの人の名前を呼んでしまうから。
オレの言葉にハッとして目を開いた。
それと同時に、一気に大佐の中へ押し入る。
「ああぁっ…!!!」
いつもより高い声。
聞きたかった甘い声。
関が切れたかのように、大佐の声が響く。
「あっ…ん…ぃやだ……ヒュ…ズ……」
時々混じるその名前が、チクチクと突き刺さる。
もういない…でも大佐の中ではまだ消えない、あの人の名前。
大佐の中に残るその面影を打ち消すかのように激しく動かす。
一気に締め付けられ、限界がすぐそこにあるのを感じる。
「大佐…オレ…もう…」
そう言って頂点に達しようとした時…
「私も……ハボック……」
初めて呼ばれたオレの名前。
それを耳にした瞬間、一気に波が押し寄せてきた。
「くっ…もう……んっあああぁっ!!!!!」
大佐の中へ自分の欲の塊を放出する。
同時にオレの下で大佐が達するのが見えた……
疲れたように膝の上で眠る大佐。
その寝顔を見ながら、煙草に火をつけた。
月明かりに浮ぶ白い肌と赤い花。
それは確かに、オレが咲かせた花だった。
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