大佐のご趣味
軍人といえども、戦うばかりでは能が無い。
佐官身分ともなれば、人間関係を築くことも仕事のうち。
その人間関係構築のための絶好の機会となるのが、土地の名士や著名人の開くパーティーなのである。
参加するのは、資産家や軍・政府の上層部。
華やかな舞台の影では、昇進や政治的動きの根回し、または普段は聞けない様々な人物の噂話がひしめき合っているのだ。
そして、ここにも例外ではない男が一人。
ただ、他の人と違うのは、彼の周りが軍人や資産家たちではなく、美しく着飾った若い女性たちに囲まれているという点である。
「やぁ、今日も綺麗だね、アイラ嬢。あぁ、これはお久しぶりです、ミス・レティシア」
次々と、入れ替わり立ち代り現われる女性たち。
その誰もを笑顔で迎えつつ、決して一人を贔屓したりはしない。
全ての女性を平等に愛し、そして全ての女性に一途に愛される。
そんな世の中の女性の中心にいるような男。
ロイ・マスタング。
階級は大佐。
身分もよければ、顔もいい。
そして、独身。
彼を放っておく女性がこの大広間に果たしているのだろうか。
予想通り、彼のいるところは黒山ならぬ、華やかな山の人だかりとなってしまった。
そんな上司をうらやましげな目と冷ややかな目で眺めている部下2人。
各界の著名人が集まる場ともなれば、テロの標的にもなりやすい。
そんな会場の警備を担当するのは、いつでも下っ端軍人の務めである。
「大体、帰る間際になっていきなり『今日の夜、パーティーの会場警備に行け』なんて、大佐も横暴っすよ…俺、今日デートの約束あったのに…」
しょんぼり顔の金髪長身の男。
ジャン・ハボック。
階級は少尉。
「大佐の横暴なんて、今に始まったわけじゃないわ。でも、正直良い気分はしないわよね…」
いつもより心なしか鋭さと冷たさが増してい鷹の目を持つ金髪の女性。
リザ・ホークアイ。
階級は中尉。
「これ…俺に対する拷問ッスかね……」
振られ続け、大佐に彼女を奪われ続けた身として、この状況を見せ付けられるのは非常に辛いものがある。
「これも仕事ですから…」
どこまでもクールな中尉。
そんな2人の心中を知ってか知らずか、チラリと2人の方を見ると、にやりとした笑いを浮かべた。
完全におちょくっているな、コリャ…中尉の言うとおり、仕事って割り切った方が……
ハボックがそう思ったときだった。
ぞくっ!
隣から急に冷気が襲ってきた。
見るのが怖い……でも、怖い物見たさというか、見なければ後で後悔するというか……
恐る恐る右隣を向く。
お…怒ってる…!?
普通の人がみたら、いつもの中尉と変わらないように見えるだろう。
しかし、見るものが見れば、これは大変危険な状態である。
ここがいつもの執務室ならば、確実に銃弾の5発は発射されていることだろう。
(大佐!!!あんまり中尉を刺激するようなことはしないでくださいよ〜)
そんなハボックの願いも空しく、マスタングの行動はエスカレートする一方だった。
「きゃ〜、マスタングさんたら、口がお上手なんだからぁ〜」
「いやいや、お世辞なんかじゃありませんよ。本当に、貴女のように美しい方はセントラルにもそうそうませんよ」
「マスタングさん、私ともおしゃべりしましょうよ〜」
ひっきりなしに話しかける女性たち。
中には大胆にも、マスタングの腕に抱きついたり、どうにかして広間の外に誘い出して2人きりになろうとしている女性もいる。
(た…大佐〜もうそのくらいにしてください〜!!!)
ハボックは隣から流れてくるブリザード級の冷気で凍死寸前だった。
(しかし、なんで今日に限ってこんなにしつこくからまれてるんだ、大佐は?)
いつものパーティーでの様子を知っている人なら、ハボックの疑問も頷ける。
こういった状況に慣れているからこそ、大佐は彼女たちのあしらい方もうまい。
ほどほどに喜ばせ、そしてするりとかわしていく。
他の軍人や政治家との交流も怠ることはない。
それなのに、今夜は来るもの拒まずといった感じである。
しかも、絶対にわざとだ!!!
そして、その原因は………ハボックはそっと隣を見る。
もはや、その表情から何かを読み取ることは不可能である。
それが逆に恐怖を増長させている。
「あ、あの〜ここはオレがやっとくんで、中尉はそろそろ帰った方がいいんじゃないッスか?明日も早いし……」
「いいえ、これも仕事だから」
中尉……完全に目が据わってます………
ハボックの願いも空しく、マスタングの周りはヒートアップするばかり。
それに反比例して、ハボックの周りの空気は冷たくなっていった。
「ところで、マスタングさんの好みの女性のタイプってどんな方なんです?」
大佐の右隣にいた、ピンクのドレスの女性の一言でその騒動は幕を開けた。
「いや〜皆さんとっても美しくて困ってしまいますね。もちろん、貴女もね」
他の人では例え酔っ払っていても絶対に口に出来ないような甘いセリフと悩殺的な微笑み。
普通の相手なら、ここでキャーと悲鳴の一つでも上げて、真赤になって逃げるか倒れるかのどちらかであろう。
しかし、今日の相手は少々上手だったようだ。
「そういった感想ではなく、貴方の好みをききたいんです。マスタングさん」
マスタングのこめかみに冷や汗が一粒浮んでいるのは、ハボックの見間違いではないだろう。
「えっと…そうですね…」
言葉に詰まったマスタングに、この機会を逃すものかと女性たちは食らいつく。
「確かに、それには興味がありますわね〜」
「マスタングさんなら、恋愛経験豊富そうですからね。どのような女性がお好きなんですの?」
「可愛い系?それとも綺麗系?」
やたらと盛り上がる周りに、中心にいるマスタングはたじたじである。
こういったときの女性は怖い…
ハボックがそう思ったそのときだった。
フッと笑う気配に驚き、思わず自分の右を振り向いた。
中尉が…笑ってるっ!?
他の人には分からないかもしれないけど、絶対に笑ってる!!!
しかも…この笑い……絶対に思ってますよね……
「いい気味」って………
そんな傍から見ても全く分からないであろう中尉の変化に気づいた人がもう一人いた。
渦の真っ只中にいるマスタングである。
ちょっと驚いたような表情で中尉を見て少し考えた後、ふっと何かを思いついたのかニヤリとした笑いを浮かべた。
この笑い……良からぬことを思いついたに違いない……
「そうだね、やっぱり大人しいよりも、強気な女性のほうが好きだね」
さっきまで黄色い声で騒いでいた女性たちは、急に静かになってマスタングの一語一句に注目している。
「冷たいように見えて、可哀想な捨てられた子犬を見捨てることができないちょっとした優しさに胸打たれたりするものだね」
そういいながら、チラリとハボックとリザの方へ視線を送る。
「あと、あの瞳で此方を見上げられるとなんでも言うこと聞いてあげたくなってしまうね。まぁ、ネーミングセンスは少しあったほうが良いとは思うけど……」
「ちょ、ちょっとお待ちになってください、なんだか妙に具体的なんですけれど…もしかして誰か心当たりでも?」
さっきのピンクのドレスの女性が口を挟んだ。
他の女性たちもざわつき始めている。
一体どういうつもりなんだ、あの人は!?
大体、それに当てはまる人なんて……
ハボックはその「当てはまる人」に目を向けると、その人も困惑気味である。
それを面白がるかのように、マスタングは話を続ける。
「そうだね、ずっと口説いてるんだけどなかなかなびいてくれなくてね。でも2人きりのときとか、甘えてくれるし。こう、背中に爪をたててくるところなんか、本当に可愛らしいものだよ」
キャー!!!
周りにいる女性たちが一斉に騒ぎ出す。
これには、その条件に「当てはまる人」も少なからず動揺している。
「さて、私はそろそろ失礼するよ。彼女がそろそろ待ちくたびれているころだろうからね」
「ちょ、ちょっと待って下さい!!」
帰り支度を始めようとしたマスタングをあわてて女性たちが引き止める。
「あの…その……マスタングさんがおっしゃっている方って一体……」
「あぁ、それは………」
ま、まさか………
ハボックとリザの間に緊張が走る。
「そうそう最近、飼い始めたんだよ。これがなかなか可愛らしくてね。途中でブラックハヤテ号にお土産でも買って帰ってあげようかな」
「ブラック…ハヤテ号……?あの〜それは一体……」
きょとんとした女性たちに「失礼」と優雅に挨拶をして、マスタングはハボックとリザの方へ歩いてきた。
「何ほうけている?帰るぞ」
マスタングの声に2人はハッと我に返る。
「「イエッサー」」
敬礼すると、マスタングの後に続いて歩き出す。
「あ、お前は残って残業な、ハボック」
「そ、そんなぁ…」
その後、残ったハボックは念願だったお嬢様たちに囲まれることとなる。
後日、「女って…怖い……」と真っ青な顔でつぶやくハボックの目撃情報が司令部内で相次いだ。
「いつからブラックハヤテ号は大佐のペットになったんですか?」
帰り道。
ずいぶんと涼しくなった風が、少し暑かった広間から出た身体には心地よい。
「いつも私の部屋にいるんだから、もううちの子も同然だろ?それより…」
ロイは立ち止まると、一歩後を歩いていたリザの腕をとり自分の隣へ引き寄せる。
「もう仕事は終わったんだから、後ろじゃなくてもいいだろ?」
そういうと、二人並んで歩き始める。
「それで、少しは嫉妬してくれたかな?」
「何の話ですか?」
そっぽを向いてしまったリザにロイはクスリと笑う。
「さて、今日も可愛いあの子が待ってるからね。早く帰って遊ぶとするか」
「どうぞ、ブラックハヤテ号と好きなだけ遊んであげてください」
「誰がブラックハヤテ号と遊ぶって言ったんだい?」
「だって、先ほどそういっていたじゃないですか」
「確かに、さっき私はブラックハヤテ号の話をしたけれど、ブラックハヤテ号が私の好みだとは一度も言ってないんだよ」
いたずらが成功した子供のような笑いを浮べ、ロイは立ち止まりリザの方を見た。
「だって、君は外じゃ遊んでくれないし、甘えてくれないじゃないか」
「なっ!?」
夜道でもはっきりと分かるほど、リザの顔は真赤に染まっている。
「さて、そうと決まれば急いで帰るとしようか」
嬉しそうに手を差し出すロイ。
まだ頬を赤らめたまま、上目遣いで睨んでいたリザだが、ニッコリ微笑んで再度差し出されるロイの手をしぶしぶとる。
そして、2人は手をつないだまま、歩き始める。
帰るべき同じところを目指して。